私、まるひろは
飯能の自家焙煎珈琲屋 Café BROWNのマスターであり
飯能で活動している混声合唱団”結”の団長であり
2人のかわいい娘の父であります。


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2017年 08月 14日 ( 1 )

今一番の心配は、そのうち娘に本気で”大丈夫?”って言われないかである。

まるひろ

伝統的な民族楽器

それは、ローカルな集まりを鼓舞するものであり、
その形状、その材質などの数々の要素一つ一つが
精神世界とつながる意味をもっている。

時には、動物の骨。
時には、竹などの植物。
時には、石などの鉱物。

どれも共通していることは、地球上にある物質でありつつも、
それ自体の保持している時間は、エーテル体と肉体によって
維持されている我々よりも長い時間と波長の中にあるということである。

波長の長さは、短いほど精神的なものになり
逆に長いほど、物質になると言える。

つまりは、波長そのものはすべての根源であり、
人間の肉体でさえ、認識できないレヴェルの波なのである。
その為、人は意識的にも、無意識にも、音または音楽
というものにおおきく影響されるのは無理もない。

よって民族楽器は、どんなローカルな集まりにとっても
意識の統合にとって大変重要な要素なのである。
ローカルな集まりというのは、行きつくところ
自分と他人という関係の最小単位、つまり家族である。

民族音楽というと、まるでどこかの森の中にしかない
もののように思われるが、そんな事はない。
家族または、恋人という2人しかいない空間でも
ローカルなルールは作られる。

例え、他の家族から見ると「え?なにそれ?」と思われる
ような音楽やルールでさえ、その世界の内側で活動している
ものにとっては”当然”な事柄であり、その異様さに気がつく
はずもない。

それは、”青”信号といいながら実は緑色している信号機の光を
はじめて見た人は「え?なんで”緑”信号って言わないの?」
という事実と同じである。
私達にとって、信号機の”青”はたとえ実際は”緑”に見えても
”青”なのである。

さて、つまり私がここで伝えたいのは、家族としての意識を
統合し、鼓舞し、一つの共同体としての認識をつくる上で、
個性的な家族音楽というのは大変有効であるということである。

私は勇気をもって、伝えたい。

私が作った、私から始まる我が家の伝統音楽。


・・・・・それが、これだ!
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詳しくは秘伝となる予定であるため、言えないが、
実はこれは、とある物の芯として使われていた物をつなぎ合わせ、
そこに息を拭きいれる楽器だ。

耐久性に難があり、また正直、この地球環境で、人間の五感に
伝わってくるものは皆無に等しいが、演者にとっての精神的な
昂揚感と満足感は抜群である。
今、地球上にある楽器のほぼすべてが苦手な私でも、
表情と、雰囲気一つで名演奏である。

私が全宇宙エネルギーを込めて一吹きすれば、
何枚かの板が高速で回っているヒマワリのようなもの
(多分、これは風神の力を宿している)も、大荒れに
荒れさせることも可能だ!
実際、写真の中でも、私の後ろで強い風を送り出している。

さあ!娘よ、見よ!
父の雄々しき姿を!(うむ、そろそろ耐久性に限界がきているが。。)
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父は吹く!
家族の団結のために吹く!
家族の平和のために吹く!
例え、娘に「なにしてるの?大丈夫?」と思われても!

by buinnX | 2017-08-14 23:14 | まるひろ とイクメン | Comments(1)